...今日布佐行繪卷となつて芥川家にあるものが...
小穴隆一 「二つの繪」
...それから布佐女を訪ふ...
種田山頭火 「一草庵日記」
...午後は柿の会第二回句会を開催する、来会者は六名――一洵、月村、柳女、布佐女、和蕾、無水――だけだつたが、親しみのある会合であつた、夕方一先づ散会、一洵無水和蕾の三君は居残つて、朱鱗洞の句碑建設について相談した...
種田山頭火 「松山日記」
...市駅で連中といつしよになる、十時の汽車で田ノ窪へ、そこから一里ばかり歩いて拝志の小山邸へ、同行は一洵、月邨、三土思夫妻、布佐女、栗田姉妹、――男四人の女四人で、賑やかであつた、田舎はよいなあと思ひながら野を行き川を渡つた、皿ヶ峰は特殊の上形をひろげてゐた、重信川はすつかり涸れてゐた...
種田山頭火 「松山日記」
...布佐女さん来庵、すぐ帰つて行く、気毒なうしろ姿!おとなりの坊ちやんが山兎の仔を二匹捕へて来てゐる、山の日向で遊んでゐるところを捕へたといふ、親兎が心配してゐることだらう、私はいつも思ふ、人間ほど得手勝手な、残忍な、恥知らずの、悪賢い動物は他にゐない!午後またポストへ、ついでに久しぶりに大街道散歩、松山はよごれてゐないといふ感じがする...
種田山頭火 「松山日記」
...布施は布佐などと同様に中相馬(なかそうま)と呼ばれている土地)布施弁天堂のある弁天山から少し離れて利根川が流れている...
長谷川伸 「一本刀土俵入 二幕五場」
...最初の文章私が布川や布佐にいる間に...
柳田国男 「故郷七十年」
...布佐の方ではあまり喧しくいわないのに...
柳田国男 「故郷七十年」
...私がおキクに会ったのは、彼女が北条に帰って来て、やがて小野市の近在に養女に貰われてゆくまでの間しばらく同居した一時だけで、その後婿をとり、一度は子を、二度目は孫をつれて、下総の布佐や、東京の次兄宅にも訪ねて来たことはあったらしいが、私はとうとう一度も会う機会がなかった...
柳田国男 「故郷七十年」
...布佐の町長を勤めたこともあった...
柳田国男 「故郷七十年」
...まるで布佐町長の兄の便利みたいな長い橋が...
柳田国男 「故郷七十年」
...私共のおった布佐の近所がずいぶん繁華になった...
柳田国男 「故郷七十年」
...原画は今も布佐の松岡の家に残っている...
柳田国男 「故郷七十年」
...布佐から歩き出し...
柳田国男 「故郷七十年」
...「近いうちにお母さんが布佐から来られるそうだが...
柳田国男 「故郷七十年」
...直ぐ布佐の兄の所へ報告に行くことはしなくなってしまった...
柳田国男 「故郷七十年」
...布佐の私どもの神主は...
柳田国男 「故郷七十年」
...利根川(とねがわ)の河畔(かはん)にある布佐(ふさ)という町の...
山本周五郎 「青べか物語」
便利!手書き漢字入力検索
