...のみならず芭蕉は言詮(げんせん)を絶した芸術上の醍醐味(だいごみ)をも嘗めずに...
芥川龍之介 「芭蕉雑記」
...この後醍醐天皇のやうな方が俄かに飛び出して來られるわけはないのであります...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...勿論是は後醍醐天皇の思召でもありましたが...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...後醍醐のような天皇でも...
蜷川新 「天皇」
...「具行(ともゆき)」と、いまも後醍醐は、笠置山上のせまい行宮(あんぐう)の御座(ぎょざ)から、侍座(じざ)の源中納言具行へ、「すでに、秋の初めには、そこの手から、檄(げき)は国々の武門へ、くまなく飛ばしてあったろうにな」「は...
吉川英治 「私本太平記」
...いかに後醍醐のご気性であろうにせよ...
吉川英治 「私本太平記」
...轅(ながえ)を担(にな)っていた前の兵が、とつぜん地へ膝を折って俯ッ伏し、がたっと、地響きやら物音がしたせつなに、輿の内から暴(あば)れ出た皇子(みこ)宗良の姿が、「あっ、お父ぎみ」と一ト声、それは辺りの肺腑(はいふ)をも刺すような劈(つんざ)きのまに、走り寄って、後醍醐のお胸へ、しがみついておられた...
吉川英治 「私本太平記」
...先帝(後醍醐)のお守(も)りにはとんと手を焼いたぞ...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐がお泊りの宿所は捜すまでもなかった...
吉川英治 「私本太平記」
...坐(い)ながらに後醍醐は...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐は訊(き)かれた...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐と三人の妃が...
吉川英治 「私本太平記」
...また後醍醐は、すでにこの戦局の非を、たれよりもよく知っていた...
吉川英治 「私本太平記」
...――後醍醐の死にたいしては何ら哀悼の表示を考えていなかった...
吉川英治 「私本太平記」
...「むかし、北条氏が建長寺の造営費をつくるために貿易船を出した例があり、かつては、後醍醐のきみも、住吉神社の造営費をまかなうため、住吉船を勅許されたことがある」この先例をとって、尊氏へ、天龍寺船の計画をすすめた...
吉川英治 「私本太平記」
...後醍醐をめぐる三人の妃などへも...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...藤房はじつは後醍醐の落胤であることが...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...時の醍醐帝は、道真怨霊(みちざねおんりょう)説を、心から信じて、ついに不予になられ、その皇太子、寛明(ひろあきら)親王なども、生れて以来、三年の間、一日も太陽の光にあわすことなく、夜も昼も、帳内に灯をとぼし、衛士を徹夜交代させて、いたいたしい白い一肉塊のあわれな生命の緒を、ひたすら怖れ守っていたという事実すらあるのだった...
吉川英治 「平の将門」
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