...僕の辞職を聴許(ちょうきょ)してくれませんからね...
芥川龍之介 「路上」
...帽子編(ボーシクマー)…………さう云ふ職業に従事して居る...
池宮城積宝 「奥間巡査」
...住職の多事一寺住職すなわち牧師たるものは...
井上円了 「欧米各国 政教日記」
...職に就かなきゃ女房子供が飢えるからな...
梅崎春生 「蜆」
...自分の職業にも離れなければならなくなりました...
薄田泣菫 「恋妻であり敵であつた」
...ゴオルドスミスが職業替(しごとがへ)をして詩人になつた後(のち)までも...
薄田泣菫 「茶話」
...就職口を頼んであった友人を岐阜市内の銀行に訪うたのであった...
田中貢太郎 「雀が森の怪異」
...博士重野某職を史官に奉じその徒と共に考索する所あり...
津田左右吉 「史論の流行」
...「待て、庄公」同じように、職人が、肩をもった...
直木三十五 「南国太平記」
...差当(さしあた)り困るような事はないんですって」彼の辞職は自分を引き立ててくれた重役の一人が...
夏目漱石 「道草」
...英米の人は専門的教育を要する職業すなわち統計学者の自由業と称するものと...
新渡戸稲造 「自警録」
...書生でもいかなる職業の人でも自分の同業者の悪口をいう...
新渡戸稲造 「自警録」
...庫裡(くり)へ駈け込んで住職を引つ張り出すと...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...單に私が無職であり...
萩原朔太郎 「純情小曲集」
...何より先に私が身の自堕落を承知してゐて下され、もとより箱入りの生娘(きむすめ)ならねば少しは察してもゐて下さろうが、口奇麗な事はいひますともこのあたりの人に泥の中の蓮(はす)とやら、悪業(わるさ)に染まらぬ女子(おなご)があらば、繁昌どころか見に来る人もあるまじ、貴君は別物、私が処へ来る人とても大底(たいてい)はそれと思(おぼ)しめせ、これでも折ふしは世間さま並の事を思ふて恥かしい事つらい事情ない事とも思はれるも寧(いつそ)九尺二間でも極(き)まつた良人(おつと)といふに添うて身を固めようと考へる事もござんすけれど、それが私は出来ませぬ、それかと言つて来るほどのお人に無愛想もなりがたく、可愛いの、いとしいの、見初(みそめ)ましたのと出鱈目(でたらめ)のお世辞をも言はねばならず、数の中には真(ま)にうけてこんな厄種(やくざ)を女房(にようぼ)にと言ふて下さる方もある、持たれたら嬉しいか、添うたら本望か、それが私は分りませぬ、そもそもの最初(はじめ)から私は貴君が好きで好きで、一日お目にかからねば恋しいほどなれど、奥様にと言ふて下されたらどうでござんしよか、持たれるは嫌なり他処(よそ)ながらは慕はしし、一ト口に言はれたら浮気者でござんせう、ああこんな浮気者には誰(た)れがしたと思召(おぼしめす)、三代伝はつての出来そこね、親父(おやぢ)が一生もかなしい事でござんしたとてほろりとするに、その親父さむはと問ひかけられて、親父は職人、祖父(ぢぢい)は四角な字をば読んだ人でござんす、つまりは私のやうな気違ひで、世に益のない反古紙(ほごがみ)をこしらへしに、版をばお上(かみ)から止められたとやら、ゆるされぬとかにて断食して死んださうに御座んす、十六の年から思ふ事があつて、生れも賤しい身であつたれど一念に修業して六十にあまるまで仕出来(しでか)したる事なく、終(おはり)は人の物笑ひに今では名を知る人もなしとて父が常住歎(なげ)いたを子供の頃より聞知つておりました、私の父といふは三つの歳(とし)に椽(えん)から落て片足あやしき風になりたれば人中に立まじるも嫌やとて居職(いしよく)に飾(かざり)の金物(かなもの)をこしらへましたれど、気位たかくて人愛(じんあい)のなければ贔負(ひいき)にしてくれる人もなく、ああ私が覚えて七つの年の冬でござんした、寒中親子三人ながら古裕衣(ふるゆかた)で、父は寒いも知らぬか柱に寄つて細工物に工夫をこらすに、母は欠けた一つ竈(ぺツつい)に破(わ)れ鍋(なべ)かけて私にさる物を買ひに行けといふ、味噌こし下げて端(はし)たのお銭(あし)を手に握つて米屋の門(かど)までは嬉しく駆けつけたれど、帰りには寒さの身にしみて手も足も亀(かじ)かみたれば五六軒隔てし溝板(どぶいた)の上の氷にすべり、足溜(あしだま)りなく転(こ)ける機会(はづみ)に手の物を取落して、一枚はづれし溝板のひまよりざらざらと翻(こぼ)れ入れば、下は行水(ゆくみづ)きたなき溝泥(どぶどろ)なり、幾度(いくたび)も覗(のぞ)いては見たれどこれをば何として拾はれませう、その時私は七つであつたれど家(うち)の内(うち)の様子、父母(ちちはは)の心をも知れてあるにお米は途中で落しましたと空(から)の味噌こしさげて家には帰られず、立(たつ)てしばらく泣いていたれどどうしたと問ふてくれる人もなく、聞いたからとて買てやらうと言ふ人は猶更(なほさら)なし、あの時近処に川なり池なりあらうなら私は定(さだめ)し身を投げてしまひましたろ、話しは誠の百分一、私はその頃から気が狂つたのでござんす、皈(かへ)りの遅きを母の親案じて尋ねに来てくれたをば時機(しほ)に家へは戻つたれど、母も物いはず父親(てておや)も無言に、誰(た)れ一人私をば叱(しか)る物もなく、家(うち)の内森(しん)として折々溜息(ためいき)の声のもれるに私は身を切られるより情なく、今日は一日断食にせうと父の一言いひ出すまでは忍んで息をつくやうで御座んした...
樋口一葉 「にごりえ」
...先日堀は現職のまま陸軍中佐に任ぜられたのである...
本庄陸男 「石狩川」
...知らぬか」「はい」と、越前は、突然、何かに打ち挫(ひし)がれたようなものを背におぼえながら――「まだ、町奉行の職にも、甚だ、馴れませぬ故、つい近頃の堺町を見ておりませぬ」と、答えた...
吉川英治 「大岡越前」
...一時は鎮威中郎将(ちんいちゅうろうしょう)の栄職にありましたが...
吉川英治 「三国志」
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