...その翌々年に来ると...
犬養健 「亜剌比亜人エルアフイ」
...翌々年は肥料を施すことがいらない...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...翌々年の七月には...
太宰治 「右大臣実朝」
...オリムピックの翌々年の春でした...
田中英光 「オリンポスの果実」
...「日露修好條約」の成立した翌々年安政二年春まで...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...翌々年「聖(サン)セバスチアンの殉教(じゅんきょう)」を初演した...
野村胡堂 「楽聖物語」
...翌々年すなわち長享三年の三月...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...その翌々年の春あたり...
正岡容 「わが寄席青春録」
...私はその頃関西には漫談も新落語(小春團治君の救世軍の落語がアッピールしたのはこの「ハムレット」吹き込みの翌々年あたりである)もなかった頃のこととて...
正岡容 「わが寄席青春録」
...件(くだん)の竜葬洲は今日古巨獣の化石多く出す南濠州の泥湖様の処で、竜が雲雨を興す所皆竜骨ありとは、偉大の化石動物多き地を毎度風雨で洗い落して夥しく化石を露出するを竜が骨を蛻(ぬぎか)え風雨を起して去ると信じたので、原因と結果を転倒した誤解じゃ、『拾遺記』や『述異記』は法螺(ほら)ばかりの書と心得た人多いが、この記事などは実話たる事疑いなし、わが邦にも『雲根志(うんこんし)』に宝暦六年美濃巨勢村の山雨のために大崩れし、方一丈ばかりな竜の首半ば開いた口へ五、六人も入り得べきが現われ、枝ある角二つ生え歯黒く光り大きさ飯器のごとし、近村の百姓怖れて近づかず耕作する者なし、翌々年一、二ヶ村言い合せ斧鍬など携えて恐る恐る往き見れば石なり、因って打ち砕く、その歯二枚を見るに石にして実に歯なり、その地を掘れば巨大なる骨様の白石多く出(い)づと三宅某の直話(じきわ)を載せ居る、古来支那で竜骨というもの爬虫類に限らず、もとより化石学の素養もなき者が犀象その他偉大な遺骨をすべてかく呼ぶので(バルフォール『印度事彙』一巻九七八頁)、讃岐小豆島の竜骨は牛属の骨化石と聞いた...
南方熊楠 「十二支考」
...翌々年の昭和二年には東隣の奥丹後半島の鯰が大いにあばれ...
武者金吉 「地震なまず」
...今では不幸のあった翌々年の盆まで...
柳田国男 「雪国の春」
...終戰後の翌々年かと覺えてをります...
吉川英治 「折々の記」
...翌々年の寛永二十年...
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」
...翌々年までへかけて...
吉川英治 「随筆 宮本武蔵」
...四天草の乱、島原の変は、その翌々年、天下を一時、暗澹(あんたん)と脅(おびや)かした...
吉川英治 「柳生月影抄」
...翌々年には四隻を率いて渡来したのであるが...
和辻哲郎 「鎖国」
...頼朝の妻政子が年老いて死んだ翌々年である...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
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