...平氏政権は、源氏との合戦(治承・寿永の戦い)により滅ぼされた...
...治承四年、長田入道が、惶懼、書を平忠清に飛ばして、東国将に事あらむとするを告げたるが如き、革命の曙光が、既に紅を東天に潮したるを表すものにあらずや...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...而して治承四年五月...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...治承(じしょう)三年五月の末...
芥川龍之介 「俊寛」
...第十四治承三年五月...
高山樗牛 「瀧口入道」
...治承五年の春を迎ふれば...
高山樗牛 「瀧口入道」
...治承(じしょう)四年の十月には...
中里介山 「大菩薩峠」
...此年は吾妻鏡が筆を起せる治承四年より算すれば四十七年目にして...
原勝郎 「吾妻鏡の性質及其史料としての價値」
...治承(じしょう)四年だ」「貴公たちは...
吉川英治 「親鸞」
...すぐ治承(じしょう)のむかし――もう二十幾年か前になったころの悲痛な社会事件を...
吉川英治 「親鸞」
...治承(じしょう)...
吉川英治 「親鸞」
...治承二年には、皇子言仁(ことひと)(後の安徳帝)の降誕もあって、清盛は一躍、皇室の外祖父という地位にたち、法皇にも、鹿ヶ谷事件のクロ星からは、彼との協調を表面とし、ここしばらくは、雲を呼び風を起こすのお動きもありません...
吉川英治 「随筆 新平家」
...一応、義仲を措(お)いて、この回からは、治承五年の正月、高倉上皇がお亡くなりになった直後の都へ、筆をかえしてゆく...
吉川英治 「随筆 新平家」
...もともと、平家ぎらいだが、院の後白河からも、あまり重用(ちょうよう)はされず、治承、寿永の乱世に、灸をすえたり、克明に日記をつけたりなどして、とにかく、あの風雲を泳ぎぬけたこの一人物なども、書けば、ひとつの主題になる...
吉川英治 「随筆 新平家」
...ほととぎす治承寿永のおん国母三十にして経読ます寺花曇りの今にも降り出しそうな昼...
吉川英治 「随筆 新平家」
...あの時代のままな四囲の山と水と、そしてこの建築との中にいれば、治承、寿永の世の一と隅(すみ)を感じとるには充分である...
吉川英治 「随筆 新平家」
...治承四年の兵火と...
吉川英治 「随筆 新平家」
...「――治承(じしょう)四年八月十七日」衣服をまといながら彼は口のうちで云った...
吉川英治 「源頼朝」
...遠くは、治承の昔、源頼朝が、伊豆から渡って、関東の兵をあつめたのもこの河原...
吉川英治 「宮本武蔵」
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