...新大典侍の方からして北方の地を割(さ)いてくれとの交渉が永正七年にあったのを見ると...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...そのほか実隆が永正六年に雇った青侍に...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...永正七年近江が乱れた時...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...日記永正七年十月の条に「年貢米二石初めて運送の祝著極まりなく千秋万歳自愛自愛」とあって...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...三条西家はわずかにその三分一をのみ取得としておったことが日記の永正三年四月の条に見え...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...永正二年に納付のあった節も同断である...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...永正七年の春にはその年の分を前借したらしいが...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...それからして父実隆の致仕(ちし)した永正三年までに...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...日記永正三年正月二十七日の条に...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...翌永正十三年春の花が散ると間もなく...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...ただし永正三年に売った時には...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...されば永正七年には隼人のみならず...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...永正九年閏四月には...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...山崎の宗鑑と山田の守武とは共に永正...
正岡子規 「古池の句の弁」
...日本にも永正元年武州に鼠多く出て...
南方熊楠 「十二支考」
...躋寿館(せいじゆくわん)に永正中の鈔本の覆写本があつた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...伊勢守秀綱は、永正七年の生れ、その時五十七歳にあたる...
吉川英治 「剣の四君子」
...他の――平安朝期の鍍金仏器、永正古図、薬師後背仏、永享七年銘の鉄鉢(てつばち)、磐梯明神田植絵巻などという奈良京都の列へ持ち出しても遜色のない歴乎とした寺宝のこけんにかかわるというものである...
吉川英治 「随筆 新平家」
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