...梵鐘(ぼんしょう)の音を園は好んで聞いた...
有島武郎 「星座」
...それから後は牛島の梵雲庵に梵唄雨声(ぼんばいうせい)と琵琶(びわ)と三味線を楽(たのし)んでいた...
内田魯庵 「淡島椿岳」
...梵語の原典にはこの真言の次に...
高神覚昇 「般若心経講義」
...今では「カサ」というとすぐ分りますがその当時は梵語でカサといえば向うには分らないでお互いには通ずる...
高楠順次郎 「東洋文化史における仏教の地位」
...これは梵語でカリというのは一点を付けた骰子の名である...
高楠順次郎 「東洋文化史における仏教の地位」
...この「シリ」が梵語(ぼんご)の山「ギリ」に通じる可能性がある...
寺田寅彦 「言葉の不思議」
...ぬっと立っている仏像と梵字の碑が...
豊島与志雄 「地水火風空」
...祭司長の梵妻(おだいこく)の家の門前でとまった...
ニコライ・ゴーゴリ Nikolai Vasilievitch Gogolj(Николай Васильевич Гоголь) 平井肇訳 「死せる魂」
...梵天王(ブラアマ)に祈を捧げ...
ブロンテイ 十一谷義三郎訳 「ジエィン・エア」
...その妙善の梵妻(だいこく)が...
本田親二 「□本居士」
...はじめ日本人が梵語(ぼんご)であろうと取ったところの...
牧逸馬 「ヤトラカン・サミ博士の椅子」
...更に一歩を進め、印度人は何の爲に斯の如き行をやるやうになつたかと云ふに、印度人は是を以て修業の第一歩、非常な大切な缺くべからざる勤であると考へたのであります、前にもいつた如く行即ち定に入ると云ふことは、印度に於ては何れの宗派にあつてもやらぬものはないので、行によつて禪定三昧に入ると我即ち自分の意識は無くなつて、其の我が神と同一體になることが出來ると云ふのである、而して我即ち神となることが出來れば天地一切の事理は明瞭透徹知らざることないのである、故に行と云ふことは神と我とを冥合せしむる手段であつて、其の行によつて神と我とが一體になれば神變不可思議力を得ることが出來るといふ強い信仰があるのである、此事は佛教の中にも屡現はれて居るのでありますが、印度では總てのものが斯く信じて疑はない、で例へば現在有りと在らゆる物、現世にある所のものは勿論、過去未來のものでも皆是を知り得て所謂一切智を成就する、何故かといへば總てのものは皆神の力によつて出來て居るものであるから、我既に神たる以上は我は即ち世界一切の物の本體であつて、世界一切のものは我の成す所である、我既に是を成すのであるから現在世界の一切のものを知ることが出來るのみならず、過去に於ては何う云ふものがあつたか、未來に於て何う云ふものが生ずるであらうかと云ふことも知らるるのである、此は一見不思議な事のやうでありますが、理論上からは説明の出來ないこともない、西洋でも例へばライブニッツと云ふ學者は夫れと同じやうなことを説いて居る、一體過去が變つて現在となり、現在が變つて未來となるのであるから、現在が明らかなれば是れから先何う變つて行くべきかと云ふことが判り、又何物から變化し來つたかといふことも知らるる筈である、從つて一切のものの前生が判る、印度では古來輪廻と云ふことを申しまして、生あるものは皆其働きの結果で天人乃至動植物界に迄輪轉して生を受けるのである、是れは佛教以前からして存する所の説で、佛教も亦固より之を唱へて居る、元來此に一の働きがあれば必らず其の結果がなければならぬ、而して前の働きの性質が善なれば後の結果も亦善、前が惡なれば後の結果も惡であると考へたのである、故に今生が判ると其の前生は何う云ふものであつたかと云ふことも推知し得らるる、夫からして生死の時日を前知することも出來る、此は日本の坊樣にも往々あることでありますが、何時何日に自分が死ぬと云ふことを前以て知るのである、夫れから天眼、天耳と云うて何んなものでも見え、何んな音でも聽くことが出來、又一切生物の音聲を聽分ける、蝉が鳴く聲を聽いて蝉は何と云うて鳴いて居るかと云ふことの意味を判ずる、論語に出て居る公冶長と云ふ人も雀の聲を聞分けると云ふことであるが是れも其の通りである、夫れから人も容貌擧動を見ると直に其如何なることを考へ、何を思うて居るかといふことも知り得らるる、アンな顏をして居るからアレは斯う思うて居るに相違ないと、人の考へて居ることを當てるのである、是れは素人にでも少しは判る、聲を聞いたり容貌を見たりすれば多少は其の心中の状態をも察せらるのである、禪宗の坊樣が人の足音を聽いても悟りが開けて居るか居らぬかが判ると同じである、夫れから身體を湮滅し所謂雲隱と云ふことが出來、又水中でも空中でも何處へでも自由自在に行く、尚不思議なのは體内から火焔を發し光明が耀いたり、或は自分の體を輕く毛の如くし、或は非常に重きこと大地の如くしたり、或は其の欲する所を思ひの儘に達しられるとか、總て斯う云ふ不思議なことが出來ると云ふのであります、で彼の聖人行者の目的とする所は全く然う云ふことにある、要するに入定の目的は我と神と一體たらしめ、茲に神變不可思議力を得んと欲するにある、印度人は此等の神通力に就ては、皆其の儘に即ち文字的に實際出來るものと考へて居るのであるから、此の入定者をば非常な聖人とし、吾々人間とは殆ど其の類の違つたものと考へるのであります、此の思想は釋迦の出世以前からありまして、夫から佛教と共に多少支那にも傳はり又日本へも傳はつて來たことであります、尚斯う云ふ行を爲すものは印度では何う云ふ種類階級の人であるかと云ふことを一言して置かう、元來印度にはバラモン(僧)、クシヤツトリア(王)、ヴアイシア(商工)、及びスードラ(奴婢)といふ四姓の階級があつて、其の内のバラモン姓のものが主として此の行をやつたのである、此のバラモンは其の生活を四段に分つ、第一は梵志、梵志は年の若い學問をする時代で、一定の師匠の所へ行きまして所謂バラモンの聖典を習ふ、是を梵志と云ふのは梵は淨業の義、淨業に志すからである、既にバラモン師の處で聖典を學び終ると第二の家長となる、妻を娶つて一家の子孫を斷絶せしめないと云ふことは、印度人に取つては非常に大切な義務である、で此時代には妻を娶り兒を生み其の間己は家長となつて祖先の靈を祀る、其の次が出家の時代、既に一家の相續者が出來、幾らか年が寄りますと其の家は自分の子に讓つて、自分は家を出て山林に入り專心に神に事へる、出家の時は妻と一處に行くこともあり、又獨り行くこともある、第四は隱者と云ふ、年老いて死に近くなると何處ともなく漂泊して歩き、住所不定で往きたい所に行き、哲學的思辨に耽るのである、で彼の行といふことは第三出家と云ふ時代以後にやるので、家で聖書を習つたり或は家長をやつて居る時代は未だ行は出來ない、家を出て仕舞つてから神に誓ひ、色々の苦行に從事することが出來るのである、而して初はバラモンのみが主として苦行に從事したものであるが、後になつては段々諸種の階級のものが誰でもやるやうになつた、苦行さへすれば悟りを開き、不可思議力が得、神と同體、若しくは神以上となり得ると云ふのであるから皆がやり始めるやうになつた、又普通は男ばかりであるが、中には女で以て行をやつて居るものもあるし、又近頃になつては歐羅巴人の混血兒で以て此の苦行に從事して居るものもある位である、ツマリ是れが人生第一の修業であり、修行中の第一の勤めであると考へて居るからであります...
松本文三郎 「印度の聖人」
...古伝にアハリアは梵天創世最初に造った女で瞿曇(くどん)仙人の妻たり...
南方熊楠 「十二支考」
...一人の梵士出で来りて御伽(おとぎ)仕(つかまつ)るべしとて仕え奉る...
南方熊楠 「十二支考」
...男女名取が梵鐘(ぼんしょう)一箇を西福寺に寄附した...
森鴎外 「渋江抽斎」
...「梵語(ぼんご)だろうという者もあるし...
山本周五郎 「百足ちがい」
...無常とは梵語で輪廻の意味だと云ふことも知り始めた...
横光利一 「無常の風」
...政子が髪の毛で綴ったという梵字曼陀羅(ぼんじまんだら)などあったが...
吉川英治 「随筆 新平家」
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