...わたしは「桐壺」を読んで、源氏物語の世界に思いをはせた...
...「桐壺帝」というキャラクターは、寂しがりやのイメージがある...
...この絵は、桐壺山の美しい自然を描いたものだ...
...「桐壺」とは、桐の木で作った入れ物のことである...
...京都市左京区にある「桐壺廊」という建物は、平安時代からの歴史を持つ...
...おぼし出づること多くて」という桐壺の帝の愁(うれい)より始め...
上田敏 「『新訳源氏物語』初版の序」
...「四面四方に築墻(ついぢ)をつき、三方に門を立て、東西南北に池を掘り、島を築き、松杉を植ゑ、島より陸地へ反橋(そりはし)をかけ、勾欄(こうらん)に擬宝珠(ぎぼし)を磨き、誠に結構世に越えたり、十二間の遠侍(とほざむらひ)、九間の渡廊、釣殿、梅の壺、桐壺、まがき壺に至るまで、百種の花を植ゑ、守殿十二間につくり、檜皮葺(ひはだぶき)にふかせ、錦を以て天井を張り、桁、梁、木の組入には、白銀黄金(しろがねこがね)を金物に打ち、瓔珞(やうらく)の御簾(みす)をかけ、厩(うまや)、侍所に至るまで……」これは大変なものだ、と兵馬が思いました...
中里介山 「大菩薩峠」
...ツボはかの源氏の桐壺のツボと同様まずは庭の事だと思っていればよい...
牧野富太郎 「植物記」
...桐壺の更衣の通り路(みち)をなくして辱(はずか)しめるようなことなどもしばしばあった...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...清涼殿(せいりょうでん)に続いた後涼殿(こうりょうでん)に住んでいた更衣をほかへお移しになって桐壺の更衣へ休息室としてお与えになった...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...桐壺の更衣は身分と御愛寵とに比例の取れぬところがあった...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...源氏のほうは昔の宿直所(とのいどころ)の桐壺(きりつぼ)の室内装飾などを直させることなどで時日が延びているのを...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...女三の宮のおいでになる寝殿の東側になった座敷のほうに桐壺の方の一時の住居(すまい)が設けられたのである...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...紫夫人はそちらへ行って桐壺の方に逢おうとして...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...桐壺の方の生まれてきた当時の事情などはまだ正確に話してなかった...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...三月の十幾日に桐壺の方は安産した...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...寝殿の東側になった座敷には桐壺(きりつぼ)の方(かた)がいたのであるが...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...藤壺ノ御方も、桐壺ノ君とても、あれからは、お召しもないに」彼女が中殿へ伺った頃は、みかどはすでに、御餉(みけ)ノ間(ま)の御座(ぎょざ)について、陪膳のお相手を待ち久しげにしておられた...
吉川英治 「私本太平記」
...(大正十一年、八月)『源氏物語』について『源氏物語』の初巻桐壺は、主人公光源氏の母桐壺の更衣(こうい)の寵愛の話より始めて、源氏の出生、周囲の嫉視による桐壺の苦難、桐壺の死、桐壺の母の嘆き、帝の悲嘆、源氏の幼年時代、桐壺に酷似せる藤壺の更衣の入内(じゅだい)、藤壺と源氏との関係、源氏十二歳の元服、同時に源氏と葵上(あおいのうえ)との結婚、などを物語っている...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...もともと桐壺の巻を受くるものとして書かれたのではなかろう...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...唐突に桐壺の巻末に付加せられたものであって...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...帚木が書かれた時に桐壺の巻がまだ存在しなかったことを推定しなければならぬ...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
...とにかく現存の『源氏物語』が桐壺より初めて現在の順序のままに序を追うて書かれたものでないことだけは明らかだと思う...
和辻哲郎 「日本精神史研究」
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