...ハンケチに雫(しずく)をうけて枇杷(びわ)すする七月六日 日本探勝会...
高浜虚子 「六百句」
...今も、庭の真中の、陽当の一番良ささうな所を彼らしくだだ広く掘返して、葱一株、玉葱一株、花の咲いた日野菜一本、小さな蜜柑、梅、枇杷、団栗の木が一本づつ植つてゐる...
外村繁 「打出の小槌」
...大小に羽織袴の侍も小紋の夏羽織の町人も本家枇杷葉湯(びわようとう)の荷箱また団扇(うちわ)の荷を担(かつ)ぐ物売の商人も...
永井荷風 「江戸芸術論」
...又枇杷の実の黄色に熟したるさま...
断膓亭日記巻之四大正九年歳次庚申 「断腸亭日乗」
...枇杷の芽は梅よりも伸びるのが早く...
永井荷風 「枇杷の花」
...枇杷の核は見上るばかりの大木となっていた...
永井荷風 「枇杷の花」
...そんなことは、道庵に聞かねえたって、もっと安直に聞けるところがありそうなものだが、聞かれて知らねえというのも業腹だから、後学のため教えてつかわそう、そもそも三ぴんというのは……」この時、道庵は手に持っていた青竹を橋の欄干のところへ静かに置き、懐中へ手を入れたと見ると、例の畳んだ奉書を取り出して物々しくおしいただき、それを繰りひろげて高らかに読み出しました――「そうれ、ツラツラおもんみるに、三一(さんぴん)とは三と一といふことなり、三は三なれども一はまたピンともいふ、ここに於て三両一人扶持(ぶち)をいただくやからをすべて三ピンとは申すなり、まつた、折助といふは、柳原河岸その他に於て、これらの連中が夜鷹の類を買ひて楽しむ時、玉代として銭の緡(さし)を半分に折りて差出すを習ひとするが故に、折助とは申すなり、それ中ごろの折助に二組の折助あり、一つを山の手組といひ、一つを田圃組(たんぼぐみ)といふ、その他にも折助は数々あれども、この二つの折助の最も勢力ある山の手組の背(うし)ろには、百万石の加賀様あり、田圃組の背ろには鍋島様が控へてゐる故とぞ申す、もとより御安直なる折助のことなれば、天下国家に望みをかける大望はなけれども、これら大名達の威光を肩に着て諸大名屋敷の味噌すり用人と結託し、人入れ稼業を一手に占めんとする企みのほど、恐るべしとも怖るべし、帰命頂礼(きみようちようらい)、穴賢(あなかしこ)」道庵が、枇杷島橋の上で、天も響けとこういって読み上げた勧進帳もどきを聞いて、「こいつが、こいつが」金十郎がいきり立つと、安直がしゃしゃり出て、「あんたはん、三ぴんや言いなはるが、三両だかて大金やさかい、一人扶持かて一年に均(なら)してみやはりまっせ、一石八斗二升五合になりまんがな、今時、諸式が上りはって、京大阪で上白(じょうはく)一桝(ひとます)が一貫と二十四文しますさかい、お金に換えたら十八両六貫三百六十八文になりまんがな、それにお給金三両足しますとな、たっぷり二十両がとこありまんがな、大金じゃがな、そないに三ぴん三ぴん言うとくれやすな、チャア」これを聞いて道庵が、さては、こいつ、阪者(さかもの)の出来損ないであったか、なるほどみみっちい! と感心していると、前面からのしかかった紺看板が、「ファッショ」「ファッショ」ファッショ、ファッショで道庵を揉(も)みくちゃにしようと試みる...
中里介山 「大菩薩峠」
...枇杷島橋(びわじまばし)以来の面ぶれ...
中里介山 「大菩薩峠」
...厩戸の枇杷がもと...
長塚節 「長塚節歌集 中」
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長塚節 「長塚節歌集 下」
...ひなたの枇杷(びは)の花に来る蜂の声と...
新美南吉 「鳥右ヱ門諸国をめぐる」
...枇杷(びは)の木の下をくゞつて外へ出て行つた...
林芙美子 「浮雲」
...それ故に直接塩(しお)をふくんだ潮風を受けるために多少の風害はあるとしても、農民達は撓(たゆ)まざる努力に依って、年々、大根、芋(いも)、葱(ねぎ)などの野菜類はもとより、無花果(いちじく)、枇杷(びわ)、梨(なし)、西瓜などの果物類も豊富にとれるようになったのである...
火野葦平 「糞尿譚」
...ここの景色は枇杷の木に奪はれてしまふわけになる...
正岡子規 「病牀六尺」
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三好達治 「山果集」
...枇杷(びわ)の方は有名な房州南無谷(なむや)の白枇杷だし...
村井弦斎 「食道楽」
...茶の花の方がいくらか枇杷よりか優しくあでやかだ...
室生犀星 「冬の庭」
...よく熟した枇杷の実を満載してくるいくつかの舟とすれちがった...
柳田国男 「雪国の春」
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