...東堂(とうどう)と号した...
森鴎外 「渋江抽斎」
...東堂もまた風(ふうぼう)人に優れて...
森鴎外 「渋江抽斎」
...或日東堂が役所で公用の書状を発せようとして...
森鴎外 「渋江抽斎」
...」東堂の顔は頗(すこぶ)る不機嫌に見えた...
森鴎外 「渋江抽斎」
...この仙蔵の子が東堂である...
森鴎外 「渋江抽斎」
...それが東堂を満足せしめるはずがない...
森鴎外 「渋江抽斎」
...そして東堂に問うて事の顛末(てんまつ)を知った...
森鴎外 「渋江抽斎」
...そしてそれを東堂の手にわたした...
森鴎外 「渋江抽斎」
...」東堂は毫(ごう)も敬服しなかった...
森鴎外 「渋江抽斎」
...想(おも)うに東堂は外(ほか)柔にして内(うち)険...
森鴎外 「渋江抽斎」
...その四十二東堂が質に入れたのは...
森鴎外 「渋江抽斎」
...然(しか)るに東堂は後(のち)金が出来たので...
森鴎外 「渋江抽斎」
...峩斎の孫が東堂である...
森鴎外 「渋江抽斎」
...貞固も東堂も、当時諸藩の留守居中有数の人物であったらしい...
森鴎外 「渋江抽斎」
...平井東堂(ひらいとうどう)は学あり識ある傑物である...
森鴎外 「渋江抽斎」
...晩年には毎月(まいげつ)説文会を催して、小島成斎、森枳園(きえん)、平井東堂、海保竹逕(ちくけい)、喜多村栲窓(きたむらこうそう)、栗本鋤雲(じょうん)等を集(つど)えた...
森鴎外 「渋江抽斎」
...東堂は左下(さがくか)に瘤(こぶ)を生じたので...
森鴎外 「渋江抽斎」
...明治五年九月十六日に東堂は塩分町(しおわけちょう)の家に歿した...
森鴎外 「渋江抽斎」
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