...むかし、宋の徽宗皇帝が、画院の画工たちに孔雀が丘に上ろうとする様を描かせたことがあった...
薄田泣菫 「艸木虫魚」
...わけても王若水の唐子、元信の觀瀑、徽宗皇帝の孔雀、金岡の觀音、雪舟の山水は、眞物(ほんもの)と紛(まが)ふばかりの素晴らしいできで、道八の手から諸方に賣り渡され、あらゆる鑑定者の眼まで昏(くら)まして、今日では日本の寳のやうに持て囃(はや)されてをるのでした...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...次に徽宗の大観二年に艾晟(かいせい)の序した大観本草がある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...かつて徽宗皇帝の千字文の巻物が某大家から売り物に出て...
山本笑月 「明治世相百話」
...宋朝八代の徽宗(きそう)皇帝とも世の申し奉った君だった...
吉川英治 「新・水滸伝」
...けれど、文治のなかには、王安石(おうあんせき)一派の急進的な改革論をもつ者と、保守旧法にたてこもる朝臣とが、たえず廟(びょう)に争っていたので、徽宗の代には、もうその内面に分裂と自解の、ただならぬ危機を孕(はら)んでいたのである...
吉川英治 「新・水滸伝」
...――にもかかわらず、徽宗は依然、風流皇帝であった...
吉川英治 「新・水滸伝」
...徽宗(きそう)皇帝から妃(きさき)や太子や皇族までを捕虜として北満の荒野に拉(らっ)し去った...
吉川英治 「新・水滸伝」
...そして、徽宗はそこで、囚人同様な農耕を強(し)いられ、ついに帝王生活の悲惨な生涯を終えるにいたるのである...
吉川英治 「新・水滸伝」
...徽宗の終り、北宋(ほくそう)の崩壊(ほうかい)などは、ここでは、まだまだ二十五年も後のことである...
吉川英治 「新・水滸伝」
...徽宗(きそう)帝に知られ...
吉川英治 「新・水滸伝」
...いまでは殿帥府(でんすいふ)ノ大尉(だいい)にして徽宗(きそう)の朝廷に飛ぶ鳥落す勢いの高(こうきゅう)であった...
吉川英治 「新・水滸伝」
...徽宗(きそう)皇帝が...
吉川英治 「新・水滸伝」
...ここに聖断を仰ぎ奉る次第にございまする」徽宗(きそう)皇帝は...
吉川英治 「新・水滸伝」
...よきにいたせ」徽宗(きそう)皇帝は立つ...
吉川英治 「新・水滸伝」
...かの高(こうきゅう)――すなわち徽宗(きそう)天子の無二の寵臣...
吉川英治 「新・水滸伝」
...明日(あした)は朝のうちに着くさ』『宣和(せんな)の徽宗皇帝のときから仕えていた将軍の岳飛(がくひ)が...
吉川英治 「人間山水図巻」
...しかもなお徽宗から李唐...
吉川英治 「人間山水図巻」
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