例文・使い方一覧でみる「弘安」の意味


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...弘安(こうあん)の昔と昭和の今日とでは世の中が一変していることを忘れてはならないのである...   弘安の昔と昭和の今日とでは世の中が一変していることを忘れてはならないのであるの読み方
寺田寅彦 「天災と国防」

...いわゆる文永の役、弘安の役が、共に丁度颱風の時期に当っていたことはよく知られている...   いわゆる文永の役、弘安の役が、共に丁度颱風の時期に当っていたことはよく知られているの読み方
中谷宇吉郎 「雑記」

...弘安二年以後、日蓮聖人五十七歳ごろから六十歳ごろまでにおくられた消息の中に、すずの(種々)御供養(ごくやう)、送給畢(おくりたびをはんぬ)...   弘安二年以後、日蓮聖人五十七歳ごろから六十歳ごろまでにおくられた消息の中に、すずの御供養、送給畢の読み方
長谷川時雨 「尼たちへの消息」

...弘安三年には江刺郡に祖父河野通信の墳墓を訪ねたとあつて...   弘安三年には江刺郡に祖父河野通信の墳墓を訪ねたとあつての読み方
原勝郎 「日本史上の奧州」

......   の読み方
福澤諭吉 「福翁自伝」

...斎は又蘭軒が蓮花寺弘安年間の古鐘を見なかつたのを憾(うらみ)としてゐる...   斎は又蘭軒が蓮花寺弘安年間の古鐘を見なかつたのを憾としてゐるの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...」阿部侯の蔵する所の此孝経は弘安二年九月十三日の鈔写に係る巻子本で...   」阿部侯の蔵する所の此孝経は弘安二年九月十三日の鈔写に係る巻子本での読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...その百五十三わたくしは蘭軒が此年文政六年に阿部正精(まさきよ)に代つて弘安本孝経に跋した事を言つた...   その百五十三わたくしは蘭軒が此年文政六年に阿部正精に代つて弘安本孝経に跋した事を言つたの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...そして所謂弘安本の古文孝経孔伝であることに及んだ...   そして所謂弘安本の古文孝経孔伝であることに及んだの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...次で林述斎は弘安本を活字に附して...   次で林述斎は弘安本を活字に附しての読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...阿部家の弘安本覆刻に後るること三年にして刊行せられたのである...   阿部家の弘安本覆刻に後るること三年にして刊行せられたのであるの読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...公旧蔵弘安鈔本古文孝経孔伝...   公旧蔵弘安鈔本古文孝経孔伝の読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...右弘安二年古写本影...   右弘安二年古写本影の読み方
森鴎外 「伊沢蘭軒」

...『地名辞書』の説では弘安八年の図田帳(ずでんちょう)に...   『地名辞書』の説では弘安八年の図田帳にの読み方
柳田國男 「地名の研究」

...常陸久慈(くじ)郡の阿久津は弘安の大田文(おおたぶみ)に見え...   常陸久慈郡の阿久津は弘安の大田文に見えの読み方
柳田國男 「地名の研究」

...「弘安四年に、元寇(げんこう)の役があった、そのとき執権時宗は、某(なにがし)とかいう禅僧のところへいって、大事到来せり、いかんか向前(こうぜん)せんと訊いた、禅僧某はかねて時宗の師家だったが、問いに対して、迷惑すべからず、と答えた、時宗は大喝(だいかつ)し、元軍討滅の決意をかためたという」これはおかしい、と甲斐は云った...   「弘安四年に、元寇の役があった、そのとき執権時宗は、某とかいう禅僧のところへいって、大事到来せり、いかんか向前せんと訊いた、禅僧某はかねて時宗の師家だったが、問いに対して、迷惑すべからず、と答えた、時宗は大喝し、元軍討滅の決意をかためたという」これはおかしい、と甲斐は云ったの読み方
山本周五郎 「樅ノ木は残った」

...玄四郎は写し終った弘安礼節を持って...   玄四郎は写し終った弘安礼節を持っての読み方
山本周五郎 「樅ノ木は残った」

...弘安役に関する記文のある石碑を...   弘安役に関する記文のある石碑をの読み方
與謝野寛・與謝野晶子 「満蒙遊記」

「弘安」の読みかた

「弘安」の書き方・書き順

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