...後醍醐天皇は建武の新政を行った...
...足利義満は、建武の新政期に尊皇攘夷を唱えて挙兵した...
...室町幕府が開催した政治・文化・芸術の祭典には、建武祭や菊の御所祭がある...
...されば封建武士の眼中に...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...東大国史科教授(朱光会員)平泉澄博士(「建武中興」・「ドイツ精神」等々がそのテーマ)...
戸坂潤 「日本イデオロギー論」
...後漢書には前にも引ける如く、建武中元二年...
内藤湖南 「卑彌呼考」
...建武の御代を救うにあっただけでは無く...
直木三十五 「三人の相馬大作」
...建武の中興が成ったとしても...
中里介山 「大菩薩峠」
...火焔鋩子(ぼうし)の返りが切先(きっさき)長く垂れて水気(みずけ)が滴(したた)るよう……中心(なかご)に「建武五年...
夢野久作 「冥土行進曲」
...建武新政の世の下では...
吉川英治 「私本太平記」
...せっかく建武の御新政を見て...
吉川英治 「私本太平記」
...建武二年、新田勢が朝命の下に東海道をくだり、尊氏は“義貞弾劾状”を朝(ちょう)へ出して後、ただちに蟄居(ちっきょ)の一寺から上洛の兵をすすめて、両者、箱根の奇勝に拠って、雌雄(しゆう)を争ったあのときの戦である...
吉川英治 「私本太平記」
...「建武いらい武家はむかしの下種(げす)とみなされ...
吉川英治 「私本太平記」
...つづいて建武式目の公布などがあってからこっちは...
吉川英治 「私本太平記」
...建武四年南朝では...
吉川英治 「私本太平記」
...さらには、御池殿(おいけどの)の御所や錦小路殿(どの)の内でも、奉行人たちへの慰労だの諸大名の招待が連夜のように催され、洛内の灯は、建武以来初めて、昔の都にもまさる夜景をちりばめだした...
吉川英治 「私本太平記」
...それが、建武年間、正平以後にかけてまで、半世紀余の血みどろを地上に現じ出してしまったのは、いったい誰の所業か、何の作用か、私は人間同士の住むこの世には、何か「誰」と指摘できない摩訶(まか)不思議な素因がどこかに跳梁(ちょうりょう)している気がしてならない...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...私も建武らくがき帖で使った当時の流行歌を地謡(じうた)にしたもので「……浮かれて歩く色好み...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...博物館で昭和何年かに“建武遺芳展覧会”をやったときは...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...建武の頃から正平年間にわたる長い乱世にかけてこの御山(みやま)が...
吉川英治 「宮本武蔵」
...建武中興は武士団体の存しなかった昔の国家統一を再興しようとしたのであるが...
和辻哲郎 「鎖国」
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