...延徳二年その亡父の十七回忌に当ったので...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳三年の春からして...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...この代官が延徳元年に上洛した時には...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...現に延徳三年十一月のごときは...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳二年以前の分はこれで勘定がすんだとあるが...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳二年の秋には葉室家が義植将軍に昵近(じっきん)なのを利用し...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...かかる関係からして延徳三年の二月末に...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳二年七月の条には...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳元年実隆が権大納言になった時には...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳三年のごときは...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳元年の八月にこれを始めて禁裏に献上しているが...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳二年の十月には...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...長享から延徳にかけて...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...されば宗祇もその殊遇に感じ、将軍薨去の後、延徳二年三月に、故将軍すなわち常徳院殿のため、四要品を摺写し、十人ほどに勧誘して、和歌を詠ぜしめ、これを講じたことがあって、その時には実隆もその経の裏に歌を書いてやったとのことだ...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...実隆は延徳、明応の交、年貢未進で三条西家を困らした越前田野村からの取立てをそのころ北国通いをした宗祇を経て、朝倉家に依頼し、若干の収納を得たことがある...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...延徳沖の酒屋の息子な...
吉川英治 「脚」
...大丈夫」「今の咳(せき)ばらいは」「延徳村の繭買(まゆか)いの爺さん」「もう去(い)ってしまったのか」「ええ」去年の落葉が堆肥(たいひ)のように腐っている山の尾根だった...
吉川英治 「銀河まつり」
...延徳三年(一四九一)すなわち加賀の一向一揆の三年後であった...
和辻哲郎 「埋もれた日本」
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