...安永七年に出版された「怪談もしほ草」と言ふ本に出て居ります...
江南文三 「佐渡が島から」
...安永至治の余光を承け...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...安永七年の作である...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...イギリスの海軍大臣は同じ一七七〇年代の安永年間に海軍大佐ジエームズ・クツクに訓令して日本本土沿岸を探險せよといつてゐる...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...湖龍斎が明和年代の板画には春信に酷似するもの多かりしが、安永二、三年以後に至りその筆勢は次第に強硬となり、布局は整頓(せいとん)し、一体の画風春信に比すれば著しく綿密となれり...
永井荷風 「江戸芸術論」
...宝暦明和の円熟期を限界となし安永天明を過ぎて寛政に及ぶや...
永井荷風 「江戸芸術論」
...安永(あんえい)年代に至りて歌川豊春(うたがわとよはる)専(もっぱ)ら遠景名所の図を描き出せしより大(おおい)に流行を極め...
永井荷風 「江戸芸術論」
...四明和安永は勝川春章並(ならび)にその一派が鳥居派に代りて役者絵を流行せしめたる時代なりしが...
永井荷風 「江戸芸術論」
...安永六年に芝の愛宕で開帳した出羽国湯殿山...
林不忘 「仇討たれ戯作」
...先輩の富岡と安永教授の引きで仏印へ森林業の研究に赴任して来たのである...
林芙美子 「浮雲」
...」と少女は一揖して安永の側を離れた...
原民喜 「牛を調弄ふ男」
...安永五年板、永井堂亀友(きゆう)の『世間仲人気質』一に「僕もと京師(けいし)の産、先年他国へ参り夜とともに身の上咄(ばな)しを致せしが、物語りの続きに、その時は私も、ちゃっちゃむちゃくでござりました、といいたれば、他国人が大いに笑いちゃっちゃむちゃくとは何の事じゃ、そのような詞が京にもあるか、ただしは亀友の一作か、これは可笑(おか)しい、これは珍しやと申して一同一座の興を催しましたが、その国でそれからこの俗言が流行(はや)りますと年始状の尚々書(なおなおが)きに申して上せましたくらい、さて当年で四十九年以前、三月上旬の頃兵庫浦で目の内五尺八寸という鯛がとれて大阪のざこ場(ば)へ出した時、問屋の若い者きおい仲間人これを求め、六人掛かりで料理せしが、中に一人この大鯛のあらの料理を受け取り、頭を切りこなす時、魚のえらを離しさまに手の小指を少し怪我(けが)しけるが痛みは苦にせねど何がな口合(くちあい)がいいたさに南無三(なむさん)、手を鯛のえらでいわしたア痛い、これはえらいたい、さてもえらい鯛じゃといったが、この鯛の大きな評判に連れてこの口合がざこ場中になり、それから大きな物さえ見るとこれはえらい、さてもえらい物じゃといい出して大阪中の噂になり、後(のち)日本国で今はえらいという俗言が一つ出来(しゅったい)せし由、しかれば古き喩えはいずれも故実のある事、今様の俗言も何なりと拠(よりどころ)のある事ならん云々」と見える...
南方熊楠 「十二支考」
...安永六年前であつたことは明である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...安永六年四十三歳であるべきに...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...安永六年丁酉に錦橋は...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...これは安永四年三月二十八日の事である...
森鴎外 「じいさんばあさん」
...淨賀は安永十年三月二十七日に歿した...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
...安永四年の序文を掲げてあるが...
柳田国男 「木綿以前の事」
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