...湯宿の温泉も相俣の宿もぐらぐらゆれて過ぎ...
石川欣一 「山を思う」
...【櫻島の各部落】島は略々圓形を爲し、周回九里三十一町、東西櫻島の兩村あり、西櫻島村には赤水、横山、小池、赤生原(アカフバル)、武、藤野、松浦、西道(サイドウ)、二俣、白濱の十大字あり、東櫻島村には野尻、湯之、古里、有、脇、瀬戸、黒神、高免の八大字あり、大正二年度に於て戸數三千百三十五戸、人口二萬一千九百六十六人を有せり...
石川成章 「櫻島噴火の概況」
...偃松で織りなされた緑の毛氈を敷ける二の俣赤ノ岳とが...
鵜殿正雄 「穂高岳槍ヶ岳縦走記」
...途中これに合する支流を数えれば、南方から注ぐものは矢場、谷田の二川にすぎないが、北方からは桐生、小俣、松田、やや下って袋、才、旗、秋山の諸支川、さらに古河の近くで思川が来り合している...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...一方査定会一派の動きも翌年三月までに足利町及び吾妻、毛野、富田、小俣、坂西、梁田、筑波、山辺の村々を徐々に蝕んで、それぞれ総代と称する者たちが契約書に捺印した...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...彼等は川俣の船橋へと差しかかった...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...川俣の現場で捕縛されて...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...河俣(かはまた)毘賣に娶(あ)ひて...
稗田の阿礼、太の安万侶 「古事記」
...それをコシの八俣(やまた)の大蛇が毎年來て食(た)べてしまいます...
稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳 「古事記」
...木の俣(また)からぬけて逃げて行きました...
稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳 「古事記」
...お妃(きさき)のスセリ姫を恐れて生んだ子を木の俣(また)にさし挾んでお歸りになりました...
稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳 「古事記」
...八時の電車で二俣まで...
種田山頭火 「旅日記」
...」川俣の噴泉塔のことだなと良一は思ったが...
豊島与志雄 「椎の木」
...萩原――の宿で中食萩原より起(おこし)まで一里起より墨俣(すのまた)まで二里――墨俣より二里四町にして...
中里介山 「大菩薩峠」
...蒲田川左俣の奥に横たわる...
中村清太郎 「ある偃松の独白」
...その人々が五十カ条に余る訴状を持って治憲にせまり、竹俣、莅戸一統の罷免と、政治復旧とを強要したのである...
山本周五郎 「日本婦道記」
...川俣茂七郎等八十人はおくれて鹿島を出たが...
横瀬夜雨 「天狗塚」
...二俣城(ふたまたじょう)へ向けて...
吉川英治 「新書太閤記」
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